2013年03月03日

つぼみ通信

今さらだけど、
新しくブログとかやってみようと思いまして。
絵日記みたいな軽いやつ。
できるだけ楽しげなことを投稿したいですね。
たまに、物語を書くこともあるかもしれません。
暇だったら読んでくださいな。






はなちゃん






ツイッター感覚で、
気ままに。

使い方に手間取り、
いきなり写真が収まらない事態が発生しましたが、
なおし方もわかりません。
そのままいきます。
ブログタイトルはあまり深く考えず、
なんとなく決めました。
特に意味はないです。
荒んだ暮らしの中においても、
小花を見る余裕を持っておきたいものだなあ、と。
クウネルみたいな感じ。
できるかな。
うまくいけばいいけど。
いやになったら閉鎖しちゃうおう。

新しくない質問。
なぜ人は日記をさらしたがるのでしょうね。

ひな祭りの真夜中

微笑しよう。
posted by きき at 13:40| 静岡 ☀| 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月07日

ゆめとうつつ

ゆめがほんとでほんとがゆめなら、よかろうな。
ゆめじゃなんにも決まってないから、よかろうな。
ひるまの次は、夜だってことも、
わたしが王女でないってことも、
お月さんは手ではとれないってことも、
ゆりのなかへははいれないってことも、

(中略)

金子みすゞはいいね。
posted by きき at 18:20| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月26日

ロマネスク

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はて、もう梅雨入り? カッパをきて働いた。雨の日にデミオでドライブしたい。プライベートで運転してる気分になる。さらにしっとりした音楽を流そう。会話は少な目に。さっ、さっ。ワイパーはいつも同じ質の仕事をなさるのね。あなたとなら、無言も怖くないわ。細い腕ね。それに、繊細そうな白い指。女みたい。これまで何人くらいのきみに触れてきたのかしら。あなたって、ふしぎな人ね。はじめて会った人。ねえ、今度はどこにつれてってくれるの? あたしは、しみてうれしい。

終わるころにはすっかり上がり、夕焼けの空と、同僚少女の微笑がやさしい。雨はきらいだけど、街のさみしさ、かなしさ、わびしさ、人間のさもしさ、いやしさ、おろかさ、もろもろ、みなみなみんな、きれいに洗い流してくれるような気がして、あの日あなたがいったことば、「ぼくは、どういうわけだか、むかしから雨がすきでね」何気なく吐かれたことばが、あたしの胸の、どこにもあう鍵のない鍵穴に、すうっと、ごく自然に、驚くほどすんなり入り込んで、カチャ。それから、それから、あたしがずっとずっとまるでわが子のように大切にしてきた名もなき一輪の花。その白いユリみたいな花びらに、一滴。こいは何色なのか、あたしは知らなかった。背筋に、スポイドでもって、差された心持ち。違う。淡い桃色のスポンジのまん中に、ためて、ためて、これでもかというくらいためて、待って、待って、満をじして、やっとの思いで、つららからゆっくりしたたり落ちた一しずく。
ゆっくり染み込んで、何度も何度も受けとめて、膨らんで、いよいよ重さに堪えきれず、そうして、しばらくしてから、ついに、あたりに透きとおったすいきんくつの音が響いた。

知らない人の助手席に乗っちゃやだ!


※きょうは、なかなか調子いいわ。目がしゅぱしゅぱするなんてこともなく、メンタルは頗る快調。きょうの予定? そうだね。強いていうなら、生きる。おはよう。やっぱり水色だと思う。
posted by きき at 08:22| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月12日

或る保育士の証言

「お母さん、私には、その答えが返ってきたときの、かれのしょんぼりしたような顔がとても魅力的に映りました。おそらく演技ではないと思うのですが、何せ、ぬけぬけと嘘のつける子ではないのは、お母さんもよくご存知のはずです。けれど、その俳優顔負けの意識で、ときに大人をギョッとさせる、まことに面白い子で、私もこれまでたくさんの園児を観察してきましたが、こんな子は初めてです。
 先日のことです。
 お昼寝の時間でした。他の園児たちは、わりにすぐに眠ってくれたんですが、その昼下がりの日、一人、眠れないでいる男の子がありました。近寄ってみると、りょうた君は、目をパッチリ開けて、まるで臨終の床についた人みたいな、うつろな表情で、天井を眺めていました。
 正直、私は、なんだか恐ろしいものを見てしまったような気さえしました。
 その日の夕方、お母さんがもう迎えにいらっしゃる時刻、ひとり、実につまらなそうに積み木遊びに興じていた坊やに、何せ、さっきのことが気掛かりだったものですから、……いいえ、それはこじつけかもしれません。単なる私の興味心から、何とも不思議な感性の持ち主に少し意地悪な質問してみました。
 いきなりだけど、りょうた君の宝物は、なあに?
 一瞬、考えた様子で、私の目を見ました。時間にして五秒ほどでしょうか。私の目をはずさず、疲れ切った晩年の男よりも、もっとこの世の終わりみたいな顔でこう答えてくれたのです。曰く、
 ……ぼくの宝物は、わかりません。
 でも……、おかあさんは、ぼくと妹が宝物と言ってました」

(昭和六十一年)
posted by きき at 08:19| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月09日

小学五年生日記 その三

(原文のまま)

『野外活動について』

 ぼくは、来週の月曜日に野外活動があります。場所は水たき少年自然の家です。ぼくがとくにたのしみにしている物はカレー作くりとキャンプファイヤーです。カレー作りでは、グループの人と力を合わせてつくります。いろいろなかかりをきめてやります。自分たちで作くって自分たちでたべるのはとてもおいしいとおもいます。それからキャンプファイヤーははじめてなのでとてもたのしみです。火はどのくらいすごいのか見てみたいです。だからぜったいに雨は、ふってほしくないです。それからこれはむりかもしれないけど、できたら全部の日がはれてほしいです。それでぜんぶのことをやりたいです。おわり
posted by きき at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小学五年生日記 その二

(原文のまま)

『しんじれないナイトオリエンテーリング』

 ぼくは、24日のよるにナイトオリエンテーリングをしました。さいしょにセンタフロワーにしゅうごうしてせつめいを聞きました。それがおわると友あいの広場にあつまりさそく1ぱんからいきました。もうそのときはあたりはまっくらでかいちゅう電とうがないとないも見えません。ぼくたちは、地図をてがかりにどんどんみつけていきました。と中と中に先生がいたのでそんなにこわくわなかったです。よるの山の中は、とてもこわかったです。風で木がかさかさとゆうととてもひやあとしました。ゴールまできて地図と4つぐらい見つけてないのがありました。でももう時間がありません。ぼくたちはしょうがなくかいとうようしを出しました。みんなでよくやったので1位になれなくてもよかったです。でもしんじれないことがありました。帰る26日にナイトオリエンテーリングのせいせきはっぴょうがありました。ぼくははんの名前をずっと耳をすましてきいていました。でもなかなか1ぱんとゆう名前はでてきません。いつのまにか3位までのはっぴょうがおわっていました。ぼくはそのときじゃぼくたちは、3位か2位1位なんだとおもいました。いよいよ3位のはっぴようですでもぼくたちじゃありませんでした。2位です。でもそれもぼくたちのはんじゃありません。2位のはっぴょうのはんがぼくたちのはんじゃあなかったときとてもうれしかったです。あんなにまちがえていたのにとてもしんじれません。
posted by きき at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小学三年生(?)日記 そのニ

四部作

(原文のまま)

『犬をかい始めて』

 ちょうど、5月ごろのことです。お母さんがザシュを見ていると犬をもらってくさださい。とかいてありました。そのころちょうど犬をかいたいとおもっていました。犬をかおおとおもったきっかけは、犬は、とてもかわいくすぐなつくからです。それにさんぽは、犬にすれしする自分も運動になり一石二鳥です。さっそく電話すると、
「いいですよ。じゃ9時ごろもってきます。」
 とうれしそうにいいました。ぼくはとてもうれしくどきどきしていました。8時なりあと1時間かだとおもいました。8時50分ごろ外で車の音がしました。ぼくは、犬をくれる人の車かなとおもい外にでてみました。そうすると小さな子犬をだいた人がいました。げんかんのところへきて話しさいごに、
「かわいがってやってください。」
 といいました。ぼくは、そのことをききこれから大事にしてぼくの家でかわれてよかったとおもうようにそだてようと思いました。さいしょは、力もよわくさんぽがらくでした。でも3か月ぐらいたつと力がとよくなりさんぽもらくじゃなくなりました。だんだん体も大きくなり口わもきつくなりちがう口わにかへました。かえた口わは、今でも大事にとっています。それからエサやりや犬ごやのそうじも大へんです。水は、一日一回、かえてやります。そうじは、犬ごやのやねにほこりがたまるのでそれをぞうきんでふきます。もってきてもらったよるは、とてもふるえていました。だからぼくは、いっしょにねました。なれるまで家ですこしかっていました。それから一年がたつとだいぶなれてきました。犬の名前は来たよるチップとつけました。おて、おすわりはちゃんとするようになりました。チップとよぶと走ってきてくれます。早く自分の名前をおぼへてほしいです。ぼくの家の犬だとわかってほしい。

・ ・ ・

いかがだったでしょうか。
少しはお楽しみいただけましたか。
あれから、約二十年経過してます。
posted by きき at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小学五年生日記

四部作

(原文のまま)

『百m走』

 ぼくは、運動会で百m走を走りました。プログラム14番でした。ぼくが走る人はT君とS君とO君です。3人とも速いのでじしんがありませんでした。入じょう門で持っている時に、4人でだれが1位になるとか言っていました。T君が自分が4位だといっていました。自分も4位なると思っていたのでぼくがなると思うといいました。ぼくたちは1番に走るのできんちょうしていました。だかからぼくが最近にフライングをするといっていました。ぼくたちの前のえんぎがおわりました。そして音楽がながれてかけ走でグラウンドにでました。スタートのいちにつくと西田先生がいていちにつてといいました。ぼくは約そくどうりフライングをしよっと思っていました。西田先生にピストルをうとうとしたのでフライングをしました。ぼくはアウトコースから2番目です。そしてピストルがなりました。ぼくはちょっとスタートがおくれました。カーブの所までは2位だったけどカーブからぬかされて4位になりゴールの間で力をぬいてゆっくり走りました。スタートが悪るかった。くやしかった。
posted by きき at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小学三年生(?)日記 その二

四部作

(原文のまま)

『大造じいさんとガン』 椋 鳩十 作

 残雪はガンのとてもいいリーダーだな。そしてガンの仲間たちも残雪の言うこともしていいチームワークだ。仲間の一人がわないかかってつかまると次の日にはきのうのことをおもいだしわなにひかからなかった。えらいな。大造じいさんはとても心のやさしい人だ。残雪がハヤブサとのたたかいでけがをしたら自分のこやでてあてをしをしてあげなおるとはなしてやりました。ほんとうにやさしいな。
posted by きき at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小学三年生(?)日記

四部作

(原文のまま)

『ベーブ・ルース』

 ベーブ・ルースは、アメリカのボルチモア市、西カムデンに1895年(明治28年)に生まれました。ベーブはセイメ・ナリー学校に入りました。その学校にはマティアス先生がいました。ある夏の日にマティアス先生が子どもたちと野球の練習をしているとベーブがずっと見てました。先生が、
「野球をやってみるかい?。」
とゆうたことのことばがベーブのしょうらいをきまたのでした。
そしてまずきほんのキャッチボールをおしえました。ベーブみるみるうちにうまくなっていきました。それからも練習をつみかさねてどんどんうまくなっていきました。
ベーブはなげるのも打つのも左きき。
そしてベーブにとっては生まれて最近のしあいです。なんとベーブは左でキャッチャーをしたのです。さいしょのピッチャーがうたれはじめました。よく打たれるのでベーブがピッチャーをすることになりました。カーブ、直球すごい球でした。そしてそのしあいにかちました。ぼくはすごいと思いました。だって生まれて一ばん最近のしあいでベーブのかつやくでかつなんてそうとううまかったんだと思う。
そしてついに1914年にプロ野球のオリオンズとゆうチームに入だんしました。
そして1915年に大リーグのレッド・ソックスにうつった。その年には最優秀投手となった。すごいな。プロになって1年で大いかつやくをしている。ベーブはピッチャーなのにホームランをうつので外野しゅになりました。そして1919年はじめてホームラン王になりました。それからもホームランをつぎつぎにうちしょうをもらったりしました。そして1935年に614本ホームランをうちいんたいしました。いんたいしたもののベーブは少年を指導しました。そして1948年にニューヨークでなくなりました。ヤンキースタジアでそうしきをしました。ベーブ・ルースは学校に入るまで一つも野球にきょうみがなくて学校にはいって先生が一こと言ったことが一人の野球となった。ベーブ・ルースがプロになれたのも先生のおかげだったと思う。野球のきほんのキャッチボールをきっちりおしえたおかげ。(おわり)
posted by きき at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月23日

日本一高い山に登った

 僕は、七月二十三日から二十四日にかけて、家族と母の友達二人で静岡県にある富士山(三七七六メートル)に登りました。二十三日の朝五時に起きていろいろ準備しました。持っていく物のチェックもしっかりしました。ヘッドライト、ウィンドブレーカー上下、セーター、酸素ボンベ、水二リットルぐらい、帽子、靴下、カメラなどです。でも、こんな真夏に本当にウィンドブレーカーが必要なのかと疑問に思いました。
 そして五時四十分頃に自動車で広島駅に行き、母の友達二人と合流して、六時の新幹線に乗りました。僕は朝にとても弱いから、つい新幹線の中で眠ってしまいました。それから四時間ぐらいたって、外の景色を見ていると、他の山より二倍も大きな富士山が見えました。とてもドキドキしてきました。
 静岡県に着き、新幹線から降りて、富士山の五合目まではバスで行きました。家を出てから約七時間です。そこで昼食をすませ、午後二時ぴったりから登り始めました。たくさんの人が登っていて、頂上はすぐそこに見え、なんだか簡単だと思いました。
 僕が富士山に登って感じたことは、普通の山と全然違うということです。まず第一に緑がほとんどありませんでした。登り始める所に少しあるぐらいだけでした。小石の上を歩くのはとてもきつかったです。一歩進むと足下がずるずる沈むようで、あまり進んでいる気がしませんでした。
 六合目、七合目と一合上がるごとに休憩をとり、その休憩時間も次第に増えていきました。四時頃にやっと八合目に着きました。登り始めの時よりかなり水が減ってました。この辺りでは雲が自分より下にあって、なんだか不思議な感じがしました。五時頃になると太陽も沈んで、とても寒くなりました。持って来たウィンドブレーカーが役に立ちます。それからさらに二時間登って、僕達の泊まる九・五合目の山小屋に着きました。夕食をとり、明日の準備をしてすぐに寝ました。
 二日目の朝は午前三時に起きて、日の出を見るために頂上を目指しました。まだ暗かったのでヘッドライトをつけて登りました。酸素が薄く、とても苦しかったです。すぐそこに頂上があるのに、なかなか着きませんでした。苦しくて仕方なかったので、酸素ボンベを使いました。そうしたら、だいぶ楽になりました。酸素は人間にとってとても大切なものだと思いました。僕は深呼吸をしながら、ゆっくり、ゆっくりと登りました。
 九・五合目から一時間半ぐらいでついに富士山の頂上(三七七六メートル)まで登りきりました。そして日本一高い山から日の出を見ました。僕は生まれて初めてあんなに素晴らしい日の出を見ました。とてもいい思い出になりました。とにかく最高でした。


(中学一年生)

☆ ☆ ☆

県だか、市だかの作文コンクールに入選した作品です。
ぼくが書いたものが公に出た、これが所謂「処女作」というやつです。
いま改めて読み返してみると、ずいぶん未完成だね。
放課後の教室に一人残って、たたいて、たたいて、清書したのよ。
小説としては、欠点だらけだな。
だけど、原点に返るときは読み直そうと思います。
あの学校の三年間のうち、一ばん喜んだ瞬間だった。
まだ文学の目覚めなんて、露知らない十三才の秋のことでした。
posted by きき at 11:59| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月07日

平凡な日

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めでたし。
めでたし。
posted by きき at 06:20| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月20日

森の中

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zzzzZ.....
posted by きき at 05:26| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月14日

古文

私は、或る小学五年生の作文を手にいれた。
それは、すっかり色褪せたプリント、担任の先生が代筆したものである。
紙の半分づつ、おのおの二人の男子の素直な気持ちが綴られていた。
おそらく二十世紀終わりごろに書かれたものと推測されるが、保存状態がすこぶる良い。
どちらの筆遣いもおもしろいと感じたのだけれど、私はとくに右の少年の文章につよく心惹かれた。
題名の記載はない。
以下、原文のまま。



 ぼくは、家庭科のしゅくだいで お手つだいをしました。ぼくは、お手つだいは、かんたんな事だとおもっていました。でも、そんなにかんたんな事じゃあなかった。ゴミすてや水まき ほかにもいろいろ どれもが、とてもつかれる事だ。ゴミをすてに行く時には、ゴミがとてもおもい。アイロンは、ハンカチの上にそのままにしておくと こげてしまう。ぼくは、その自分できめた仕事二、三こで すぐつかれてしまう。それでも、おかあさんは、ちがう。ぼくは、しゅくだいが 出たただの一しゅうかんぐらいでも、おかあさんは、ぼくが 生まれたときから今まで ずっとがんばってくれている。それに おかあさんは、はたらいているので 仕事から 帰っての仕事は、ともて つかれる。それに 日曜日も ろくに休まず はたらいている。しごとを しているところを見ると、いつもいつも ありがとうといいたくなる。



この佳作を取り上げていただいた先生の赤ペンは、次の通り。

「 苦労したことをありのままに書いてます。
 お母さんの立場になって考えているところは、とてもやさしい。 」

さて、その彼はいま何処にいるか。
小耳にはさんだ噂によると、
何でも、止む終えない事情でもあったのか、小説家になる決意をしたとのこと。
私は、それをはやく読みたいと思った。
posted by きき at 20:01| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月09日

ことば

二十八年と五ヶ月で培った、貧しいボキャブラリー。
あの日、あの時の風景と音。
生まれもった感性と感覚。

身から出た錆。
かずかずの苦汁。
私の身勝手。
迫害せられ。
酔狂人との非難、指摘あり。
酒断ち、十日。
ありがたき批判。
台風さり、無。
水をうったような。やはりきれいに澄み切ったみず色。
猛暑とも酷暑ともいえそうな夏。
ようやく蝉の声、静まりて。
すでに後戻りできっこない。
酔芙蓉の花。
ゆき止まりの崖の上。
海を背に、ぱらぱらと砂が落ちむ。
くるり向きを海側へ。
風に吹かれて、黒髪の乱。
狂う歯車。
けれども、私はサメ。前進することしか知らない。
走馬灯。
いまこそ、季節。
覚悟。
岸を小枝で押し、離れ陸。
妄信。
革命。
きみと逃避行。
馬と肌。
秋波。
たのし天気の話。
どうぞ騙されてください。
「信じろ」の胡散臭いこと。
心の獲得。
おお、なんと大事業。
死。死。死!
いつでも、歴史の最初には蹴り出しありや。
クロスの紺の万年筆ほしいナ。
日に、スーパーライト二箱弱。
芸術が救ってくれる。
私小説の構想。
虚構。
馬鹿正直に、素直。
現代の道徳打破の捨て石。
つかれたら散歩。
リップサーヴィス精神。
ユダの立場。かなし。
言葉遊び。
贋作はびこる浮き世。
瑠璃は光れど、玉は光らず。
真実。真理。

人間。

あるいは、人間の正体。
のるかそるか。
天職。
使命。
天分?
ね、秘密よ。
私、いま、こっそり武者震い。
夜明け前。
人の子。
彗星の如く。
営業の手法。必死のアピール。
初場所。時間いっぱい。
近日、沈黙破り。
光あれ。
一心不乱。
おもいでのプール。アウトプット。
軽薄な時流にまどわされず。
強靭な個。
才能をひさぐ。
機は熟した。
かれは用意ができている。
ひとひらの青葉。
逆行。
集大成さ。

ぼちぼち風鈴もしまおうか、の午前四時前。
長月。色取り月。菊月。

未来。
posted by きき at 04:03| Comment(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月16日

葉書

投じた小石。言葉は短ければ、短いほどいいと思わないか。逃げも隠れもせず、弱き石ころが場違いにも不意に力をもって、それは言霊なのか、窮鼠猫を噛むとでもいうのか、何なのかははっきりしないけれど、捨て台詞。伝達が永遠に不可能なことは知る由もないさ。言いっ放しさ。けれども、短くこめて、重量感をもたせ、たとい痛くも痒くもなくとも、せめてまち針のひと刺しでもチクリとしないものだろうか。

怠け者の長男より、無口で不器用な父宛
(遅ればせながら)

お誕生日おめでとうございます。
ますますご自愛くださいまし。

 私はあなたの自慢の息子になりたかった。

梅雨のはれの日に
posted by きき at 14:51| Comment(2) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月31日

無題

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あなたはぼくを助けることができます。

だから、ぼくが、あなたを守ります。

座右の銘:恋愛でもしないと、人生は退屈だ
posted by きき at 03:49| Comment(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月07日


Diane Keaton - It Seems Like Old Times

 死にたい。いっそ、死にたい。こういう時には、その実、映画のように親の顔も友人知人の顔も浮かばないものだ。自分の苦痛だけが最優先になる。自分がいちばん可愛いのだから致し方ない。これが綺麗ごとではない現世の現実。三十までに結婚と勇んでみたけれど、それも絵に描いた餅か。人生の大イベントはさっさと終わらせたい口である。三ヶ月付き合って、結婚。終わりの一ヶ月は大嫌いな同棲して。君に会いにいく機会を失う暮らし。目覚めに横に君がいる暮らし。本当にそんな日がくるのだろうか。冗談ではなく、心配になる。神様は同情してくれるかしら。もう生きていたくないのさ。努力もせず、向上することを恐れ、逃げ腰の破壊思想。なんともったいないことを! 結婚式は挙げないつもりでいる。式が幸せな結婚生活を約束するものではないと思うからである。また、結婚式は若い人のものだと思うからである。いまさら、照れくさいじゃないか。君が挙げたいと言うのなら、こっそり挙げよう。女はやさしい男がタイプという。実に同感だ。こっちだって。そちらさんに一つ条件の提示を求められたとすれば、殊にやさしい女。それ以外は望まないさ。よしよし柔らかな胸の中で泣かせてよ。言葉は用なし。退屈な時間は永遠のよう。楽しい時間は光の矢。これも相対性理論の一種だと。レコード店で試聴したニューアルバムの歌詞。「気になるあの娘の頭の中は ふつう ふつう 割とふつう」。先に、自分の気持ちを明確に掘り下げ、根の正体を明るみにするがよし。自分のこころがわかれば、相手の気持ちも自分に照らし合わせて少しはわかるかもしれない。男と女は別の生き物? 本当かな。男は夢を語り、いつだって女は現実を言う。当定説、昔から妥当だとは思えないんだが。腑に落ちないね。男も女も同じようにそれは淋しいはずだ。男と女は変わらない、と思いたい。もう死んじゃう。いつかの新聞にうろ覚えだが、『電池』と題した小学生の詠んだ詩が載っていた。人間の命は電池みたいなもので、いつかその生命の泉も涸れ、だから、力尽きるまでいかんとしても生きなきゃいけない、自殺はいけないんだ、というような内容で、け、青二才、生きる哀しみも知らぬ小僧が何を言ってやがると感想を持ったのだけれど、考えてみると、電池のようにゆくゆく命は必ずぴたり働きの止めるんだ。にわかに信じ難いが、いまああして病気とは無縁で、死の気配を微塵も感じさせず、健康そのもの、脚光を一身に浴び、世界の中心で活躍しているような、すべてがトントン拍子で運んでいる人だって電池に期限があり、百年の内に体の中の生命が完全に抜け切る時が例外なくやってき、あとは地獄に真っ逆さま。皆、天国ではないから安心をし。出勤直後のロッカー室でイヤホンから音漏れの指摘あり。外の世界の音など聞きたくないもので、と答える。もうやだ。休日は昼寝して、一人でいることがほとんど。友達なんていない。昼間から酒を飲む。悲しいとは思わない。ただね、…ぼくは淋しい。君は彼がいるから淋しくない? 迷って。困って。◯◯できないなら死んだ方がまし。かくも深き孤独。恋愛なんて浅ましい! それはそれは水色に底の底まで透き通っている。雨でも降ってくれれば助かるのだけれど。サイコパス。え、うそでしょ、あの娘から電話。声。出逢う前はどうやって生きていたのか、全く思い出せない。死ななくてよかった。涙に映った虹。生きる事。生きる事。ああ。幼稚でもいい。無様でもいい。ぼくはぼくを押し通す。面影だけ味方。あなたに会えるその日まで。

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posted by きき at 00:41| Comment(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月19日

1/2

人生は百年戦争だ、といってみたところで、実際に闘える時期はごく限られ、手遅れになる前になんとか身を立てようとしているけれども、これがなかなか上手くいかず、先日ぼくはまた歳を重ねた。ぼくは身辺を見渡し、何も無いことに愕然とした。ぼくには仕事が無い。妻も無い。お金も無い。家も車も無く、つまりは二十八年間暮らしてきておきながら、懐中に収めているものは皆無であり、何も無いという事実があやしくあるだけである。なんてまあ哀しい男。

毎日、恋と死のことばかり考え、ぼくが考えるのはあくまでも恋であって、愛ではない。しかもそのほとんどが実のらない不作の叶わぬ片恋であって、先日、ある画期的な哀しい発見をしたのだ。ぼくの煩いはことごとく片思いに終わるのだけれど、それはあのやんごとなき関係になれない人の立場からしてもそうで、あの人だって、ぼくの想いを受け入れられない点に於いては、ぼくに対して片思いなのではないか。つまり、恋されている意中の相手とて、諦めてくれないわからずやに真逆の片思いをしているのではないか。それもまた相容れぬ片恋の構成要件ではなかろうか。受け入れを拒絶している観点で二人は同じである。

いや待て。ぼくの片恋はなにも異性に対してだけではないぞ。未だかつて対価交換された覚えが無い。世間に対しても常に片思いに裏切られてきたっけ。ちぇ。ぼくが何したってんだ。

なんだか一生こうなのかしら。作ったとろろ蕎麦をすすっているとさすがに泣けてきて、泣いても誰も助けてくれないさ、苦悩を気取るのよせよせ、しかし自分は今どうしようもなく、このまま今日死んだら、本当に何も無い人生だったな、子供のある死刑囚と子供の無い死刑囚では、いざ刑が執行される間際にじたばたするのは後者だそうだ、自分がこの世界にたしかに居た印、痕跡、存在の証明、ぼくの命の所謂アリバイとでもいうべきが無い、無い、やはりぼくには今現在に至って、何一つ無いじゃないか、と横たわってしまった。

ぼくの死んだ後の世界は、ぼくとは無縁な世界なはずで、ぼくが生きていた証がぼくの死後も立派に残っていたとしても、ぼくには関係のないことだな、後ろに行かぬ歳月よ、と起き上がる。近ごろ、苦笑する頻度が異常である。いろんなことに飽きあきしている。うんざり。また生きる意味を見失っている。人生に意味があるとはとても思えないけれど、無意味では生きている甲斐がないと思い、どこかの女の人へ架空の想いの丈を書いてみることにした。誰なの。

「お元気ですか。
姫子さま、ぼくはうっとりするほど淋しくしております。
桜も早々に散ってしまいましたね。お花見にはいかれましたでしょうか。
体調を崩しておられた折は心配しました。
ぼくが代われるものなら、代わりたく思いました。
自己犠牲。ぼくはこの言葉を思うと、あなたの顔が浮かびます。
素っ頓狂でしょうか。
ぼくの身の上一つはどうなってもかまわない。あなたさえ幸福でいてくれたら、それより結構なことはございません。なぜそのように思うのか自分でも判然としません。
理由が要りましょうか。わかるでしょ。
けれども、ぼくは素面でいっているのです。決して酔っているのではありません。
ぼくの小指に結んだ赤い糸の先を辿っていっても、赤い糸があなたの小指に繋がっていないことはわかってます。それはどうでもいい。
あなたの小指から恋仲の彼の元に伸びているその赤い糸を切ってくださいなどとはいいませんし、ぼくがその糸をまさかちょん切ってやろうなどと恐ろしいことも考えておりませぬ。
あなたを想うだけで、ぼくは満足です。
強がりでしょうか。
そのような言い分もいよいよ苦しくなって参りましたが、
それでも、素直に申し上げます。
………ぼくは、ただ……。
あなたには幸せになってもらわないと困るんです!」

あはれ。お察しなどして頂かなくとも涙こらえて街の暮らしかな。生まれたきたのが不幸の始まりでしょうか。好きな言葉は、仕方ない。葉桜はいや。世には仕方なく泣き寝入りしなければならぬことが多すぎる。惚れてるからよ。仕方ないじゃないか。
posted by きき at 13:55| Comment(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月04日

表現

ぼくが生まれてから発した言葉らしい言葉の第一声が、「ばぶう」だったか、あるいは、「かあか」だったか、それはわからない。赤子の頃から今日まで投げつけた言葉で、ひとをやさしく包むことに努力はせず、傷つけてばかりしてきたのだ。ぼくはぼくの満足こそ満たすため、相手の気持ちはお構いなしに、言葉を使ってきたように思う。もどかしい想いを拙く表そうと試みては失敗の列挙。けれども、ぼくは言霊を信じている。

世間には、愛を取り扱っている歌が反乱している。うんざりするほどの数である。この供給は需要の追いつかない不足を体現したものであり、つまりは人間の多くが友情よりも愛について考え、悩み苦しみ、愛を枯渇していることを意味しているのだろう。愛はトラブルの元であるけれど、かく言うぼくもご他聞にもれず、いわば愛の奴隷であって、お金ではなく、そんなものでは決してなく、愛だけがほしく、春先、いまだ愛だけ手に入れられず、まごついては手をこまねいている。

どうしても、いま、あの曲について書いてみたいと思った。心に刻んでいる歌詞は他にもたくさんあるけれど、今現在、その実、この曲がずっと離れぬ。言及するのも照れるようなかくも有名な曲である。十年以上前に発表された曲である。当時、ぼくは高等学校の学生だった。

流れ星一個盗んで
目の前に差し出した時の顔が見たい


歌詞の文学性といっては大袈裟だけれど、このような詩を歌に乗せなければ、そもそも歌など歌う意味もないのだ。手に負えないことを明言する。何も、きみ、難しい言葉を使わなくても、ロマンチックは創造できるのである。

いくらか未来が好きになる

より多くのものを好きになってみたい。好きな娘の一人でもあれば、未来を好きなる方法は驚くほどシンプルになるであろう。街を一望できる展望台から、「ぼくはこの街が好きじゃなかった。でも、いまは好きだ」と、隣のひとに言い張りたいのだ。生きていく限りは、未来のこと、好きになりたい。

あの娘のことが好きなのは
赤いタンバリンを上手に撃つから


理路整然としている。理由付けが判り易い。友人の弁によれば、赤いタンバリンとは、心臓のことを指すという。動詞が打つではなく、撃つになっているのはそのせいだろう。撃ち抜かれる。真紅の心臓が高く鳴っている様子。しかも、上手に撃つ。世の中には確かに、上手に撃つ女がいる。好きな理由をごたごたと並べ立てると野暮になっちまう。好きな理由の本丸は、赤いタンバリンを上手に撃つから、こんなものだと思う。それ以外に理由は見当たらない。それは科学的だとも言える。

そんなに美人なわけじゃないが
腰と肘とハートでかろやかに撃ちふるう


さて、彼女は赤いタンバリンを上手に撃つのだけれど、結果、撃たれるのは当方である。撃たれるのはいつも男である。美人が撃つのは当たり前であり、そんなに美人ではないあの娘が撃つところにもっとも興味を引かれる。所作。仕草。声。エトセトラ。どこに導火線が転がっているかはわからない。けれども、どんな要件にも、あの理由に及ばず、好意のもくもくと立ち昇る煙の下には、必ずあの火が燃えているはずで、あの娘の好きな理由を問われた場合、クールに無表情で次の文句を放ち、相手を封じ込めてあげるのです。赤いタンバリンを上手に撃つから。

昔、好きだった娘に、「姫様はぼくの赤いタンバリンです」と脈絡なくメールを送ったことがある。数時間後、「赤いタンバリン?」と返事があった。ぼくはメールのやり取りを即座に中止し、今度会ったとき、端的に説明しようと思った。そのような機会が得られなかったのか、どうだったか、詳しくは覚えてないが、結局、説明はしないまま遠くなってしまった。悪い言い方をすれば、彼女は無作為の放火犯だった。

この曲をおとついから思い立ち、数年ぶりにまた聴いているのである。生命が湧き出るような感覚だ。昨日、会社の休憩室から見た夕日がやさしかった。有り難かった。一喜一憂する暮らし。この曲が心地よい内はまだ死なぬ。歌は生活の糧たり得る。どうか、この曲が流れている間に、あの娘、電話をかけておくれ。この曲が微塵も響かなくなったとき、その意味するところは闘いを止めたときで、諦めがついたとき、迷うことなく、おのが手でもて人生におさらばさせていただこう。

おめこしたい。愛の星の下に。
ぼくは本気さ。互いに離れまいとつないだ手。おめこしよう。
posted by きき at 22:30| Comment(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

茶飯事

四月いっぴ、きょうぐらいは本当のことを書いておきましょう。いつからか、この日は人を欺いても許される日になった。いつも、嘘と偽善で固めた言葉も、本日に限り、世の中とは逆行し、飾らず書いておこうと思う。まず、外は雨。本当さ。

過日。本通りの、少しはずれの、広場の喫煙所でくゆらせていたぼくの目の前に、ぼくの精神を洗いざらいきれいに持ってゆき、ぼくのこころを空洞にされた、かの方が現れた。偶然、会ったのである。偶然は必然などと、したり顔で言いたくないものだ。偶然は偶然のままに。ロマンチシズムの根は偶然に依るべきだ。先にあちらがこちらに気づいた。

「あら、お久しぶり」

ぼくはうれしかった。咄嗟に、

「ねえ、ちょっと待ってて」

と、脇にあった小さな花屋に駆け込んだ。薔薇を一本買いたかったのである。娘はばつが悪そうに待っていた。

「…これ」

一輪の白い花を差し出す。

「あたしに?」
「そういうことなんだ」

お礼は言われなかった。そうして、彼女は沈黙の後、

「あたしには、……行くところがあるの」

白薔薇を手に持った姫の目は涙で満たされ、ついに薄化粧の頬をひとすじ伝った。

「うん」

ぼくは淋しく笑った。控えめにスカートが花冷えの風に揺れていた。

あの娘はぼくの知らない男に抱かれる。絶望。目眩。無念。

他日。また偶然に街中で娘に会った。挨拶もなしに、唐突に、薮から棒とはこういうときにこそ使うのではないか。

「あたし、あなたのお嫁さんになることにしたの。もう決めたの」

ぼくは冷静を必死に装い、

「後悔しない?」

すると、

「うん、大丈夫。もうしてるから」

「それならいいのだけれど」

肩寄せ合い、そのまま七部咲きの春の風物詩を見にいった。「桜って、ピンク色だと思ってた。だけど、違うのね。白なのね」とあの娘が言った。月光に照らされ、夜桜を見たのである。


みんな夢でした。
夜中、目が覚めトイレに立った。洗面台の鏡が曇っていて、自分の顔がぼんやり映る。生きていること自体、夢のように思われた。ぼくは曇りガラスにハートを描き、再び布団にもぐった。愛するってどういう意味。どういう行為。ぼくには好きしかわからない。起床時、就寝時、いちにちの初めと終わりにぼくは孤高の恐怖に震えている。今度、夢見ることがあるならば、君ではない絶世の美女と心中する夢がよい。君は生きていてください。君と会えなくなるのは地獄だからです。美人と心中したいとは、ぼくはなんて見栄坊。首をくくってでも立派に見せたいものらしい。ごめんなさい。嘘を言いました。本当はもう夢など見たくありません。どんな喜の夢を見たって、結局、夢から覚めたときの、あの、夢だったのか、と大変残念な気持ちは、ああ、悲哀の川の水かさを増すだけだもん。
君はきょう、どんな嘘をついたの。
posted by きき at 14:47| Comment(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月24日

皮算用

大理想だけで身を立てている男がいた。

「休みの日は何してる?」
「妄想してる。」
「どんな?」
「人にいえない妄想。」
「……そう。」


・ ・ ・


「いってらっしゃいまし。」

と、妻。

「いってまいります。」

男答えて。

「無事に帰ってくださいな。」
「わかった。」

夫婦は毎朝、別れのシーンを演じなければならぬ。


・ ・ ・


広告はかねがね購買意欲をかき立てることを第一義とする。
けれども、意図せずいやなことを思い出させる効果も併せて持つ。
ある演歌歌手の新曲の新聞広告。
曲名は、『また君に恋してる』


・ ・ ・


男、妻に電話する。

「もしもし。ぼくだけど。」
「あら、どうしたの?」
「うん。」
「休憩中?」
「うん。」
「そう。」
「ちょうだい。」
「何を?」
「ちょうだい。」
「…いいわよ。」


・ ・ ・


休日。雨。
よれよれのトレンチコートの袖濡らし。
デパート最上階の窓際に腰掛け、
ずっと灰色の街を眺めていた。
オレンジジュースはすっかり氷で薄まった。
無欲の娼婦の胸の中で眠りたい。


・ ・ ・


男、帰宅。

「ただいま。」
「おかえりなさいませ。」

妻の天衣無縫の微笑。

「きょうも一台も売れなかったよ。」

妻の微笑は本物だ。

「大丈夫。あすはきっと売れますとも。」

この男が男の人生において、
唯一、誇れるものは清いこの妻だけであった。


・ ・ ・


夜桜みにいきたかったな。
まだ間に合うのに。

夜の桜の木の前。

迷って。迷って。迷って。
黙って。迷って。迷って。
迷って。迷って。迷って。
迷って。困って。迷って。
迷って。迷って。黙って。

はらはら舞う花びら。
吹雪のよう。
いくら散っても、花が減るようには思えなかった。
落下の速度はけしてはやすぎず、またおそすぎることもない。
肩にひとひら。

かならず決着をつけてやる。

きのうまでふたりは別々の場所。

愛より速く。

万の言葉を用いても尚
きみの心が射抜けないとわかったとき、
ぼくはどんな顔すればいい。

また一つ、星が消える。
posted by きき at 12:27| Comment(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月17日

一代記

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どういう訳だか、みな、みなさま、ぼくによくしてくださる。ぼくによくしてくれたって、何も、見返りなど期待できないのに。いつもありがとうございます。ゆくゆく自分の性格は、人懐っこいと評価してもらえるらしい。顔はいまいちだけれど、詰まるところが男も愛嬌ということなのだろうか。

いつもニコニコしてるね、と言われることが多く、狼狽するばかりである。「ニコニコしてました?」と聞き返してみるのだけれど、ええ、してました、とこうだ。四六時中、かなしみを誰にもとられまい決意で、抱いているというのにおっかなびっくり。また、あ、いま自分の顔がかなしい格好をとっているな、ふと思うことが度々あるのだけれど、傍目にはニコニコ。二重人格なのだろうか。

そんなぼくといっしょになると、おそらく君は相当な苦労を強いられるに違いない。いっしょにいても、ちとも面白くも可笑しくもないやい。普段、人前では自虐に徹し、人のご機嫌ばかり窺い、サーヴィスの捨て石になるぼくだけれど、ところがどっこい、好きな娘の前では無口であり、かつ気障であり、ニコニコにはほど遠い、要するにいっしょにいて何ら得るところのない、つまらない男なんだ。ただ、ぼくといっしょになると、いとおしいという言葉の意味を君は知るだろう。ぼくは人間のかなしみを知ってるから。

ぼくは別に、やましいことしてる訳ではないから、試しにぼくの生活(あるいはぼくのピュアネス)をさらけてみようか。自慢ではないけれど、万引きだってしたことない。考えてみれば、親に煮え湯はたくさん飲ませてきたけれど、犯罪というものに触れたことがこんにちまでに一度だってないのではないかと思う。浮き世にあふる、善いこと、悪いこと。そもそも、これが善で、あれが悪などと簡単に決めれるものだろうか。もっともな顔して、善らしいもの、悪らしいものを判別しているに過ぎない。本当は何が善で、何が悪かは誰もわからぬ。

先日、調子よく酔っぱらい、二軒目でおひらきにしようかと自転車を跨いだそのとき、酔いのせいもあったろう、ぼくにはきょうだいは妹しかおらず、二人兄妹なのだけれど、実はお姉さんがいて、夜の店にお姉さんを一人知っていて、急に会いたくなった。世間ではそれをお水と呼ぶそうだ。

三ヶ月ぶりに顔を見ると、やはり変わらずべっぴんでぼくは溜め息を洩らした。ぼくよりも約二ヶ月生まれが先輩だった。ふんわりとしたオーラ。あの人は幻だ。幻を追うのはもう止そうと足が遠のいていたのだけれど、ぼくはその人に会えば必ず楽しく、かつうれしいから(くるしく泣きたくなるときもあった)、いずれは会えなくなるお方に違いない、会えなくなることだけは知り合う前からもうはっきりしている、会えるうちに会っておこう、そう思ったのだ。会いたい人には会えた方がいいと思う。その人を知って、半年くらいか。表面は近しげである。実のならない桃の木に甲斐無く水をやってきた。いいえ、はじめからさもしい投資ではない。最初は、ぼくも、結局、体だけが最終目的なのかと思っていたのだけれど、どうもそれは違っていたようである。一瞬のこころの平和が欲しいだけであった。はっきりぼくは心を許していた。その人にぼくは正直にいろんなことを話してきた。けれども、積もる話なぞ特に無い。プライベートでは会ったこともない関係なのだから。本通りでばったりはあっても、店外は皆無だった。とにかく、まず通常ならばぼくが相手にされない美人である。嘘も誠もないような話で誤魔化し、ぼくも気分がよかったのだろう、突然、淡色のドレスを着たその女に聞こえる程度の小さい声でアカペラの歌を披露した。

BABY もう泣かないで
ぼくがそばにいるから
BABY まだ死なないで
ぼくは変わらないから

あの娘はやさしい微笑をしてきいてくれた。当時、世界でもっとも敵にまわしたくない人物だった。ぼくは、一体、何様なんだ。おまえをどうしたいのだろうか。彼氏気取りなのだろうか。実際、こんなことがあった。あの人からメールで、きょうは体調をくずして休んだの、近ごろ寝ても寝ても疲れがとれないのよ、ぼくは死んじゃやだ、などと返し、ただ疲れがたまってただけよ、大袈裟なんだから、と言われた。けれども、ぼくはあの人がこの世からいなくなってもらっては困ると真面目だった。こんな塩梅にぼくは、伝心不可とわかりつつも、愛の告白みたいなことをあの人に対して都度していた。けれども、ぼくの不器用の故、十のうちの一も受け入れられなかった。未熟児。後日、口説いているようで全く口説いていなかったことも自ら判明した。それは勇気の問題だった。上記曲名は虫唾がはしる風に恥ずかしく、死んでも打ち明けたくない。

あの人との二百日あまり。所詮、お金で繋がっているだけの関係なのだけれど、あの人のことをこれからの方が長い人生で、もう会えなくなってからも、連絡がとれなくなってからも、忘れないと思う。営業。それでも、それでも。せっせと送ってくれた、おはよう、いってきます、ただいま、おやすみ、さほど意味のないメール。クリスマスの朝にかけてくれたモーニングコール。少しの喧嘩。ああ、従業員と客。恋とか愛とか、ぼくはよく知らないんだ。連絡のない日はさみしゅうございました。会えない日は不幸でございました。徒花。泡沫。みんな消えてなくなれ。砂上の楼閣。地球よ、どうか砕け散ってしまえ! 毒の中で夢をみた。惚れた。いけないことか。相手は手練のプロ。恋は恋でも金持てこい。あの人が悪魔の心もて、ぼくに接していたとしても、ぼくは満足だった。お金だけで繋がっている関係というものはそれ自体、かなしくあわれなものには違いないのだけれど、それよりも比にならない、やるせない点があって、最もかなしいのは、未来に於いて、互いに別々の場所で、相手の死んだことをさえ確認できないことである。たとえばこれが友人ならば、全うにその死を耳にするだろう。死を確認できないもどかしさ。これをぼくは知らぬが仏とばかり言って片付けることができない。平行線のあの人のお陰でぼくはずいぶん救われたのだから。ぴったり百五十センチの小さい体。まぎれもなく本物であった。聖女以外の何者でもなかった。当時のぼくのジンカンの中に、ぼくは彼女以上に人間の哀しみがわかる人間を地上にて探し得ていない。

自分の証明が正しければ
賞なんて必要ない。

(どこかの数学者)


かれこれ二年前の話である。ついでに言うと、以上はぼくの友人から聞いた、友人の友人の話である。より臨場感を出すために、しいて、誤解を恐れずぼくという一人称を用いた。ぼくはその男を直接に知らない。さあぼくは人に言いたい挨拶が二つある。一つは、よいお年を。またもう一つは、もうすっかり春ですね。

写真はいつかの月。おぼろ月は春の季語。
posted by きき at 22:04| Comment(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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